【VINYL再訪】 とりわけ10月の風が:林ヒロシ


 

映画『バッシング』『春との旅』『海辺のリア』などで著名な小林政広監督が、70年代にフォークシンガーとして活動し、75年に自主制作した『とりわけ10月の風が』が日本フォーク史上に残る名盤だと知る人はあまり多くいません。

トラモナ店主は、当時FMラジオの深夜放送でこのアルバムを聴き、いたく感動したのを覚えていますその後、友人と発行していた『VINYL』という小冊子でアルバムを紹介しましたが、今回は、その「『歩く、人』のHobo's Lullaby」と題したレビューを再掲してみます。

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『歩く、人』のHobo's Lullaby

とりわけ10月の風が:林ヒロシ(SOUR GRAPE RECORDS ALP201)1975
A.ぅ織螢△療兄鉢▲函璽ング・シアターグリーン大虐殺9圓海Δ萓草いかした靴買いにしの胸の中で休ませておくれズ能列車
B(卞酸敝筬△燭修れ時(コカインの木の下)スイング・ジャズぅ轡礇鵐愁鶚ハ桟遏⊂硝椶量覘Υ┐ったころ

 

小林政広という映画監督がいる。緒形拳が主演した『歩く、人』で日本映画では初めての3年連続カンヌ国際映画祭出品という快挙を果たし、前作の『La Coiffeuse 女理髪師の恋』がロカルノ映画祭のワールドプレミア上映になるほど国内外に熱狂的なファンを持つ監督だ。そんな小林が70年代の中ごろ林ヒロシ名義で自主制作したアルバムが日本フォーク史上に残る名盤だと知る人は意外に少ない。

 

『とりわけ10月の風が』と題されたそのアルバムは、1975年1月30日、2月20日、21日の3日間、テイチク杉並スタジオで録音され、その年のうちにリリースされている。参加ミュージシャンは坂本りゅういち(Piano)、磯部昌良・杉本寿明(Electric Guitar)、朝比奈逸人・佐久間順平(Acoustic Guitar)、鈴木アキ(Electric Bass)、備瀬益夫(Drums)。もちろん坂本りゅういちは若き日の坂本龍一、友部正人の『誰もぼくの絵を描けないだろう』で素晴らしいピアノを聴かせ、レコーディング・デビューを果たした坂本の2度目の録音セッションになるのだろう。佐久間順平は大江田信とアコースティック・デュオ林亭を組み、唯一のアルバム『夜だから』を73年にセルフ・リリース。林ヒロシの詞を唄った楽曲を含むアルバムは本作と並ぶ日本フォーク史上屈指の名盤だ。また朝比奈逸人はのちに高田渡にも唄われる「ウィスキー」「トンネルの唄」の作者で、ここではライナー・ノーツも手がけている。オリジナル盤のジャケット写真は高田渡によるもの。しかしこの味わい深いモノクロ写真がCD化に伴って、凡庸なイラストに変わってしまったのは残念だ。フレッド・ニールのデビュー作『ブリーカー&マクドゥガル』がリイシューの際、ブリーカー通りとマクドゥガル通りの交差点に佇むフレッドという秀逸なジャケット写真からイラストに差し替えられたのを思い起こす。

 

 

さてアルバムは林ヒロシ自身のアコースティック・ギターの弾き語りで幕を開ける。歌声自体は高田渡や友部正人などと比べると強烈な個性の持ち主とは云いがたいが、歌詞の世界は30年経った今でも色褪せずその瑞々しさを湛えている。特に酒場の片隅で酔いつぶれるひとりの男を唄った「スイング・ジャズ」は我が国におけるホーボー・ソングの傑作。タウンズ・ヴァン・ザントやジョン・プラインの描いた詩の世界を髣髴させるが、ここら辺りが小林政広監督による映像の源流になるのは間違いないだろう。また坂本龍一を中心とした演奏は70年代初頭のリプリーズに残されたアーロ・ガスリーやマリア・マルダーなど一連のフォーク・アルバムを想わせ、林の若く、清新な歌声を際立たせている。さらにカヴァー曲が秀逸。「シャンソン」は早川義夫の『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』に収められていた作詞 高田渡、作曲 早川義夫の楽曲。林の歌唱はオリジナル以上の魅力を湛えている。そして「片道切符」はスティーヴ・グッドマンの名曲‘The City Of New Orleans’に自作の詞を付けたもので、坂本の土臭くファンキーなアレンジが心地よく、アルバムの聴き所のひとつとなっている。

 

75年のリリース当時FM東京の深夜番組『片岡義男と安田南の気まぐれ飛行船』で田中研二の自主制作盤『チャーリー・フロイドのように』と一緒に本作が紹介されたことがある。その時のエア・チェック・テープはアナログ盤購入までのヘヴィー・ローテーション・アイテム。繰り返し聴くそのテープの中で最も印象に残ったのが「六月、松本の夜」で、〈松本〉という地名を耳にするたびにこの名曲を思い返すほどだった。しかしこの曲の中で唄われている〈すてきな君〉が林と一緒にツアーをすることの多かったSSWのいとうたかおだと分かったのはだいぶ後になってのこと。さらにいとうたかおが名古屋に戻ってセンチメンタル・シティ・ロマンスと録音したセカンド・アルバム『Booking Office(出札口)』に収録された「梅雨前線」の中で唄った〈相棒〉は林ヒロシその人だという。その後〈松本〉という地名を耳にするたびにギター・ケースを抱えた二人のフォーク・シンガーを想うようになったのは云うまでもない。(VINYL Vol.7 No.1 2003.12.1)

 

 

 

 
 

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